3分後に少し元気になる小説『一歩先ゆく君へ』

3minute novel

「…今年の昇進、山口に決まったらしいよ」

同僚がぽつりと呟いたとき、耳が一瞬だけ遠くなった。

山口──俺の3年後輩。
入社当初から明るく要領が良くて、可愛げがあった。
教えたことはすぐ吸収するし、人当たりも抜群だった。
でも、誰よりも努力してたのは俺だ。
休日返上、家族との時間も犠牲にして、数字も結果も出してきた。

なのに、なぜ。


次の週から、職場の空気が少し変わった。
会議では、山口の発言にうなずく上司たち。
以前なら自分に回っていた案件が、山口に渡される。
自分の存在が、じわじわと薄れていくような感覚。

笑顔をつくるのが、だんだん苦しくなってきた。


ある日の帰り道、山口に声をかけられた。

「佐伯さん、ちょっとだけいいですか?」

近くのカフェに入り、彼は静かに切り出した。

「僕、正直、不安でいっぱいです。
 昇進はしましたけど、佐伯さんみたいな人がまだいてくれるから……頼れる存在がいて、ほんと救われてるんです。」

胸が痛んだ。

憎んでいたわけじゃない。
ただ、自分の努力が報われなかった現実に、心が負けていただけだった。


数日後、部下のプレゼン練習を手伝っていた佐伯に、山口が言った。

「やっぱり佐伯さんって、現場力すごいっすね。背中、見てましたから。」

そのとき、少しだけ心が軽くなった。

目立たなくても、誰かの「礎」になれていたのかもしれない。
昇進という結果にこだわりすぎて、見失っていたものがあった。


誰かが先に昇っていっても、
あなたの歩いてきた道が、無意味になることはない。

挫折したあの日が、
実は人生の「折り返し地点」だったと気づく日が来る。

「倒れても、立ち上がれる限り、まだ道の途中。」

今日は、そんなあなたの心にも、小さな光が届きますように。

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